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東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)43号 判決

原告 日本電気株式会社

被告 神戸工業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十六年抗告審判第四〇五号事件について、特許庁が昭和二十八年十月八日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一  被告は特許第一六六三〇〇号の特許権者であるが、原告が製造販売する別紙(イ)号図面及びその説明書に示す放電装置は、右特許権の権利範囲に属すると主張して、昭和二十五年十月五日特許庁に特許権利範囲確認の審判を請求したところ(昭和二十五年審判第一二三号事件)、特許庁は被告の請求を容認する旨の審決をなしたので、原告は昭和二十六年六月五日右審決に対し抗告審判を請求したが(昭和二十六年抗告審判第四〇五号事件)、特許庁は昭和二十八年十月八日原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同年十一月十三日原告に送達された。

二  しかしながら右審決は、次の理由によつて違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  被告の特許第一六六三〇〇号発明の要旨は、その明細書における特許請求の範囲の項の記載によつて明らかなように、「気密容器内に同一又は略同一形状をなせる平板状の陽極及び陰極とその略中間に在る格子極とを具え、該陽極と格子極及び陰極と格子極間に夫々上記の各極を包含する相似形の空洞共振室を形成せしめたことを特徴とする電子放電装置」にあつて、すなわち右「気密容器内」なる字句は「電子放電装置」までの全文にかかるものであることは、その記載の全文、殊にこれに何等の句読点をも添加してないことから明らかである。しかるに審決はその理由の冒頭において、被告の右特許発明の要旨を、「気密容器内に同一又は略同一形状をなせる平板状の陽極及び陰極とその略中間に在る格子極とを具え、該陽極と格子極及び…………(以下明細書の記載の通り)」と、殊更に原明細書に記載されていない句読点を添加して、本件の要旨を判定している。

おもうに長文の文詞において、「句読点」が文詞全体の意味を明確にし、句読点を打つことが、その前後の文節の関係を両断するは、近松門左衛門の故事を援用するまでもなく明白なことで、本件においても、その重要争点の一である「気密容器内に」なる字句が、文詞のいかなる部分を修飾するかを審究するに当つて、殊更に原明細書に記載されていない句読点を付し、文詞全体を二文節に両断して判定したことは、要旨の文理解釈を歪曲したもので、この点において、すでに判断の誤りがある。この点について審決は、「気密容器内」なる字句が「電子放電装置」全体にかかる場合には、「以上のものを気密容器内に収納したことを特徴とする云々」とするのが普通であると説示しているが、特許請求の範囲の項のように、特許の対象物を一項にまとめ上げる場合には、かかる冗長な表現をしないのが慣例である。

更に電子放電装置において、各電極が気密容器内に配置されることは、真空管の発明以来電子放電装置の根本観念であつて、発明の構成に欠くべからざる事項のみを記載すべき特許請求の範囲の項に、殊更「気密容器内に」なる修飾句を添加したことは、この字句の意義を極めて重視すべきであつて、この「気密容器内に」なる文字が、審決の説示するように、「…………格子極とを具え」までを修飾するものと解することは、技術通念上極めて不自然である。

(二)  次に審決は、本件特許発明と(イ)号図面に示すものとの相違点を審究するに当り、本発明の本質について検討し、「本件特許発明は、その目的及び作用効果の記載から判断するに、従来の超短波用発振管においては、その発振波長は放電管の形状の大さに制限せられて大電力を得ることが困難であり、又発振回路より電波の輻射或は漏洩による能率の低下も免れない欠点があつたが、本件特許発明はこの欠点を除去して、大電力の超短波を高能率にて発生せしめ得べき目的においてなされたものであつて、その具体的手段としては、(A)同一又は略同一形状をなせる平板状の陽極及び陰極とその略中間に格子極を置き、(B)該陽極と格子極間及び陰極と格子極間に夫々上記の電極を包含する相似形の空洞共振室を形成せしめた二点が考えられる。」と説示している。

本件特許発明の明細書中「発明の詳細なる説明」の項の記載に徴すれば、発振波長を放電管の大さに無関係に小として、発振管の形状の大さを小ならしめることにより、大電力の発振を行わしめ、しかも発振波長を極めて小とすることが、本件発明の作用、効果及び目的であるとしている。しかしながらこの発振波長を放電管の大きさに無関係に小とする手段としては、単に前記の(A)(B)の二手段のみでは不可能であつて、更に第三の手段(C)として、(A)(B)何れの部分をも気密容器内に収納せしめることを必須要件とするものである。何となれば空洞発振器の発振波長が空洞の形状の大きさによつて変化し、空洞が大となれば発振波長が増加することは、本件発明明細書の誘導式によるまでもなく、空洞発振器の根本原理である。この点に関し、被告は、放電管の大さとは陰極、陽極、格子極及びその気密容器全体を指すものであると主張したが、仮りにこの主張を容認するとしても、なおかつ放電管が大となれば、外部空洞型では空洞の大さが大となり、発振波長が大となることは明白である。更にまた被告は発振波長λが陽極と格子極及び陰極と格子極との距離(X)の調整により調整できるから波長に関係なく、すなわち波長を小としても放電管の大さを大になし得ると主張するが、これは理論並びに実験則に反する主張である。何となれば発振波長を小となすことと、大電力の発振を可能ならしめることは、全く独立した条件を必要とするものであり、本発明によつてある程度発振波長を小とすることができても、((X)を大とすれば、波長は小となるが、電子走行時間によつて(X)には自ら限度がある。)大電力を得るためには、更に一つの条件として、放電管を大としなければならない。従つて本件発明の目的である大電力を得るためには、前述の如く(A)(B)部を気密容器内に収納する手段(C)を必須条件とするものである。かく判断することにより、「特許請求の範囲」の項の冒頭の「気密容器内に」なる字句の記載趣旨が明確となる。

次に審決は、原告が抗告審判において明細書に記載された誘導式に就て説明したのに対し、これは一実施例についての誘導式であつて、空洞共振室の如何によつては(例えば(イ)号図面の如きもの)、多少の変化のあることは勿論であると説示した。

しかしながら多少の変化のあることは認めるとしても、発振周波数が空洞の大さにより決定され、従つて(イ)号図面に示すような外部空洞型では、発振波長が放電管の大さに制限されるという空洞発振器の根本原理に変りはない。しかも本件明細書における「発明の詳細なる説明」の項に記載された本件発明の性質、作用効果の説明の方法は、首尾を通じて一実施例の説明に尽きており、あたかも実用新案法における「実用新案の性質、作用及び効果の要領」の項と同一形式を採つたものである。従つて本件発明の性質、作用効果を論ずるに当つては、右の記載を詳細に検討し、又その工業的効果の程度については、当時の客観的の技術水準を基準とすべきであつて、本件発明の作用効果を論ずるに当り、前記記載中に引用されている誘導式について論ずることは、毫も不当でなく、又効果の異同を弁別するに当つては、明細書に記載されていない証拠もまた斟酌され得べきことも当然である。かかる見地から本件発明の作用、効果を判断するに、誘導式に続いて「上式にて明白なる如く発振波長λは(X)の函数となる故自由に選択でき得て、放電管の大さには殆んど無関係なり。」との記載があり、この放電管の大さに殆んど無関係になるという作用効果を生ずる原因としては、明細書百五十四頁上段六行乃至七行目「以上の装置を包含せしむる如き真空容器」なる字句を発明の構成要件として挙げなければならない。

更に一般に発明の詳細なる説明の項には、その発明の構成、作用、効果及び実施の態様を記載すべきことは、特許法施行規則第三十八条の規定するところであるが、本件明細書における同項には、実施例の説明以外には、発明の構成について何等記載するところがない。従つて本件発明の構成については、前記実施例記載中の「以上の装置を包含せしめる如き真空気密容器」なる記載による外、これを知るに由なく、この点に関しても「気密容器内に」なる字句は装置全体にかかる修飾句と解せざるを得ない。

尤も明細書の発明の詳細なる説明の末尾には、「その他幾多の改変例あり得べきものなり。例えば空洞共振室は如何なる形状にてもよく」との記載があるが、この改変の程度も要旨の範囲を逸脱しない範囲内に止むべきことは論をまたないところであり、しかも上述の引用句は、一般に特許明細書の「発明の詳細なる説明」の末尾に書き添える慣用文であつて、格別の意味を有しない字句に外ならない。

(三)  原告が抗告審判において提出した米国特許第二〇八八七二二号明細書について、審決は、「このような電極部分のみを気密にしたものが公知であるにかかわらず、本件発明が特許されたのは、放電管内部に空洞共振室を収納した点を、上記の公知のものと区別して特許になつたものとの原告の主張は採用できない。かかる公知例と区別するために空洞を気密容器内に収納したという記載は、明細書の何処にも見当らないから、空洞を放電管の内部に収納した点が引例と区別して特許になつたとは断定できない。」と説示した。

しかしながら右引用文献は、米国特許明細書であつて、わが国にただ一冊しかも大阪や九州に所在する公衆図書館にあるが如き公知文献ではない。特許庁に備え付けられ、審査官にとつては、発明の新規性の有無を判定するに当つての座右の宝典である。従つて本件発明を審査するに当つては、右明細書もまた審査資料に供せられ、両者の異同を十分審査した上、本件発明を特許したものと推測するに十分である。しかも本件特許明細書には、前記米国特許の特許番号こそ記載していないが、「発明の詳細なる説明」の項には、「以上の装置を包含せしめる如き真空気密容器を形成し」と内部空洞型であることを明記しており、また「発明の詳細なる説明」の項の冒頭には、「従来の超短波用発振管はその形状に制限せられて…………。本発明はかゝる欠点を除去し得たものにして」と記載しており、これらの記載事実に徴して、「従来の超短波用発振管」とは、マグネトロン、クライストロン発振器を始めとして、前記米国特許明細書記載のもの等およそ従来の超短波用発振管はすべてこの範疇に入るものと解するのが相当である。尤も特許請求の範囲の記載が極めて明確であり、何等疑義を挿む余地のない場合には、その解釈に当つて出願当時の技術水準を斟酌して、二、三すべきではないと信ずるが、その記載が極めてあいまい不明確な場合には、発明の詳細なる説明の項はもちろん、出願当時の客観的技術水準をも十分斟酌して権利範囲確認の判断の資料としなければならない。

仮りに百歩を譲り、右米国特許明細書のような公知例と区別して、本件発明が特許されたものでないとしても、権利の範囲を定むべき特許請求の範囲の項中の「気密容器内に」の字句がいずれの字句の修飾語であるか、或いは他の部分に対して占める重要度を判定するに当つては、右引用文献もまた参考資料として斟酌されて然るべきものである。

(四)  次に原告が、(イ)号図面に示すものは、陽極と格子極とを含む空洞共振室と陰極と格子極とを含む空洞共振室とは同軸型非相似形であると主張したのに対し、審決は、「超短波発振管における二つの空洞共振室は、同一共振周波数に対して共振しなければならないし、またその構成上同一共振姿態をとらねばならぬ関係上、その範囲において相似性を有することは明白である。」と説示した。

しかしながらこの「超短波発振管における二つの空洞共振室は、同一共振周波数に対して共振しなければならない。」との説示は独断であり、一般に両空洞が同一共振周波数で発振する必要は毫もなく、高調波で発振させることも可能かつ広く実用化されているところである。空洞を相似形にすることの作用効果については、明細書に何等記載するところがないから、その解釈については、字句に忠実であらねばならないと信ずるが、一面その本質から論ずるも、前述の如き高調波に共振する空洞を意味するものとして、その形状は幾何学的な相似形を意味するものと解さなければならない。

現代における空洞発振器の発達は、その格子極の陽極並びに陰極に対する距離を変化することにより、両空洞の幾何学的形状並びに空洞的容積を自由に変化せしめ得ることを可能としたもので、その詳細なる理論については、既に多大の文献が発表されているが、又直観的に考察しても、空洞の共振周波数は、空洞の形状により決定される分布誘導と、格子極と陰極(又は陽極)間の集中容量によつて決定されるから、格子極の位置を変化することによつて、両空洞の形状を自由に変化することができて、いかなる意味においても非相似形となし得るものである。この意味において両空洞を相似形にしなければならないという理由は、本件発明の出願当時はともかくとして、現在は全くないものと断言して憚らない。

ひるがえつて(イ)号図面に示すものを見るに、電子放電装置の格子極の位置は、陽極陰極間の略中間にはなく、略三分の一程度に位することは明らかであり、この上下間の距離の相違は、両空洞の形状に著しい相違を招来し、かくて如何なる意味においても、両空洞が非相似なることは明白である。

なお(イ)号図面に示す装置の空洞が非相似なることについては図面に照して一目瞭然と思料されたので、初審及び抗告審においては、原告は非相似形にした理由については強く主張しなかつたが、抗告審において相似形の定義を全く独自の見解において不法に広義に解釈された以上、茲に改めて上述の如き理由を補足する。

思うに本件発明の出願当時においては、両空洞を相似形に構成せしめることが同一周波数並びに高調波周波数に共振する必須条件と考え、これを発明構成要件の一つとしたものと信ずる。しかるに空洞理論の発展は、前述の如く、両空洞を非相似形とする積極的理由を生ずるに至つたもので、かゝる技術の進歩変遷を度外視して、唯漫然と(イ)号図面に示す内外両空洞が相似形を有することは明白であると説示したのは違法である。

(五)  以上を要約すれば、原告の本件発明の要旨は、「(A)同一又は略同一形状をした平板状の陽極及び陰極とその略中間に在る格子極とを具えること。(B)該陽極と格子極間及び陰極と格子極間にそれぞれ上記の各極を包含する相似形の空洞共振室を形成せしめること。及び(C)前記空洞共振室を気密容器内に収納すること。」の三点にあるものと認めなければならない。

しかるに(イ)号図面及びその説明書に示されたものは、(A)の点に関し、格子極が陽極と陰極の略中間に位置しない。(B)の点に関し、陽極と格子極間及び陰極と格子極間にそれぞれ上記の各極を包含する非相似形の空洞共振室を形成せしめた。また(C)の点に関し、前記空洞共振室は気密容器の外部に在り、以上各点において、本件特許の権利範囲に属しないものである。

第三被告の答弁

被告代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一の事実はこれを認める。

二、同二のうち、審決の理由が原告の引用にかゝるとおりであることは、これを認めるが、これが違法であるとする原告の主張は全部これを否認する。

(一)  本件特許明細書における特許請求の範囲の文章を、虚心坦懐に読むときは、審決に書かれたように、「格子極とを具え、」とここに句読点を付けることが最も常識的な読み方である。これを詳説すれば、この特許請求範囲の文章の骨子だけを抽出して見ると、「A内にBとCとを具えBとC間にDを形成せしめた装置」となることは明らかである。これをもつと原文に忠実に抽出すれば「A内にBとCとDとを具えBとD間及びCとD間に夫々Eを形成せしめた装置」となるが、文章の構成だけを論ずる場合には、この両者は結局同じになる。このように文章の骨子だけを抽出して見れば「具え」の次に句読点を打つて読むべき文章であることが極めて明らかになる。仮りに原告が主張するように「A内に」を最後の「装置」にまでかけるように意図していたものならば、例えば「A内にBとCとBC間に形成せしめたDとを具える装置」と記載すべき筈である。すなわちこれを原文に即して書けば「本文に詳記したるが如く気密容器内に同一又は略同一形状をなせる平板状の陽極、陰極及びその略中間に在る格子極、並びに該陽極と格子極間及陰極と格子極間に夫々上記の各極を包含するように形成せしめた相似形の空洞共振室を具えることを特徴とする電子放電装置」とでも記載すべき筈のものである。このような文章の構成にして始めて「気密容器内」が、最後の「電子放電装置」にまでかかるといい得るのである。それ故に、本件特許の発明者が、(イ)号図面の装置まで包含させる意図があつたかどうかは別問題として、単なる「特許請求範囲」の文章の構成から判断すれば、「気密容器内に」は、「空洞共振室を形成せしめ」までにはかからず、従つて空洞共振室は必ずしも気密容器内にあることを必要としないものと解釈するのが最も自然の読み方である。

(二)  本件の特許発明にいわゆる発振波長が放電管の大さに無関係という意味は、明細書の記載から明らかなように、従来普通の放電管では、発振波長を小にするには必然的に放電管の大さを小さくして行かなければならなかつたが、本件特許発明のように各電極を包含する相似形の空洞共振室を形成せしめることにより、放電管の形状の大さだけのほかに、空洞共振室の形状、大さ、各電極間の距離等もまた発振波長を決定する重要要素にはいるから、放電管の形状を大としても他の要素特に各電極間の距離の調節により発振波長を小にし得るということにある。従つてこの空洞共振室を気密容器内に収納するや否やは、本件特許発明の所期の作用効果には関係のないことである。原告はXを大とするといつても自ら限度があると主張しているが、勿論本件特許発明と雖もこの限度を超えてXを大としようとするものではなく、ある限度以内のXの調節により放電管の形状の大さにかかわらず、発振波長を小なる値に維持できるならば、それは一つの顕著な効果というべきである。

原告は本件特許明細書にはその添付図面に関する一実施例が記載されているに過ぎないから、その特許権の範囲もこれに限るべきであると主張するが、「一実施例」はあくまでも「一例」であつて、発明の本質がそれだけに限定されるというものではない。

(三)  原告の引用にかゝる米国特許第二〇八八七二二号について一言するに、およそある特許の権利範囲を決めるには、専らその明細書の記載に頼ることが正道である。但しその際その特許出願当時の一般の技術的常識如何ということは当然考慮に入れるべきものであるが、その範囲を超えた一般の専門家にもあまり知られない公知例が後で発見されたからといつても、それは特許無効審判の資料にはなつても、特許権の範囲を定めるについての重要な資料とはなり得ない。何故ならその特許が如何なる発明について請求されているかは、一般の技術的常識以外のことはその明細書に記載されているべき筈のものであるからである。外国の特許明細書の如きは、特許庁の審査官ならばともかく、わが国特許明細書を読む一般の斯界専門家が常に既刊の外国特許明細書の記載事項を公知の前提事実として読んでいるというようなことは到底考えられない。しかのみならず特許庁の審査官と雖も、すべての外国特許明細書を精読して審査に当るということは、実際上無理な注文であり、また事実行われていないと思われる。従つて原告が引用のマグネトロン、クライストロン発振器などは、或いは本件特許明細書にいわゆる従来の超短波用発振管の中に入れてもよいかも知れないが、右引用文献のような特殊な公知例は、これについて特に明細書に指摘されていない限り、判断の資料にはなし得ないものである。

(四)  原告の主張するように空洞を相似形にすることの作用効果については、明細書にあまり記載していない。従つてこのことは、本件特許発明においてさほどに重きをおいていない事柄と見るべきである。ただ本件特許発明においては、特許請求範囲に記載するように、その陽極及び陰極及びその略中間に在る格子極が、同一又は略同一形状をなす平板状のものであるから、これらを包含する両空洞共振室は自ら相似形となる傾向にあり、又それが最も経済的に考えられるから、特許請求範囲にもその自然の形を記載したに過ぎないものと考えることが穏当と思われる。従つてほぼ似たような形をしていて所期の超短波発振又は増幅作用を遂行し得るものならば、すなわちこの「相似形」に該当するものと考えるべきである。

原告の主張するように、その後空洞発振器が発達して、全く形状の異なる二つの空洞共振室を設けたものが生れ、これを対象とするならばともかく、(イ)号図面に示す程度の二つの空洞共振室は、本件特許発明にいわゆる相似形であると認めることが至当である。原告は(イ)号図面のものの格子極の位置は、陽極陰極間の略三分の一程度に位いすると主張するが、この(イ)号図面をフランクに見るときは、陰極3の先端面と陽極5の先端面との略中間に格子極4が位することは明らかであろう。

(五)  以上再説するに、本件特許発明は、電子放電装置において(A)気密容器内に同一又は略同一形状をなせる平板状の陽極及び陰極とその略中間にある格子極とを具え、(B)該陽極と格子極間及び陰極と格子極間にそれぞれの各極を包含する相似形の空洞共振室を形成せしめることの二手段を併用することにより、発振波長小にして、しかも大電力の電気振動が得られ、その他発振周波数の変動少くかつ発振勢力の損失も少い等の作用効果が得られるものであり、これらの作用効果を得るためには空洞共振室が必ずしも明細書記載の実施例のように気密容器内にあることを必要としない。(イ)号図面のものは、本件発明の前記二要素を具備し、かつ前記の作用効果をも具備しているから、このものが更にそのほかの利点を有するものとしても、なおかつ本件特許権の範囲内にあるものと認むべきものである。

第四(証拠省略)

理由

一、原告主張の請求原因一の事実及び同二のうち審決の理由がそれぞれ原告主張のとおりであることは、被告の争わないところである。

二、その成立に争のない甲第一号証によれば、本件特許第一六六三〇〇号「電子放電装置」の明細書には、これを要約すれば次のとおりの記載がされていることを認めることができる。

(一)  発明の性質及び目的の要領の項に、発明の性質として、特許請求の範囲の項とほゞ同文の記載をなし、次で、「其ノ目的トスル所ハ大電力ノ超短波ヲ高能率ニテ発生セシメ得ヘキ新規ナル電子放電装置ヲ提供スルニ在リ」とし、

(二)  発明の詳細なる説明の項の第一段に、従来の超短波用発振管においては、その発振波長は放電管の形状の大さに制限されたから、発振波長の小さい場合は、放電管を小さくしなければならず、従つて大電力を得ることは困難であつた。また発振回路からの電波の輻射或いは漏洩による能率の低下も免れなかつたと従来の超短波用発振管の欠点を述べ、その第二段に、本発明は、このような欠点を除去したものであるとして、空洞共振室を真空気密容器内に納めた実施例について、その構造を説明し、その第三段に、右構造の真空管を適当の条件に保てば「該発振管ハ同一共振周波ヲ有スル空洞共振室(7)及(8)ヲ夫々出力及入力振動回路トシタル所謂「フートキユーン」回路ヲ構成シテ発振ス」と説明し、その発振波長を与える式を示した後、効果として「上式ニテ明白ナル如ク発振波長λハXノ函数トナル故自由ニ選択出来得テ放電管ノ大サニ殆ント無関係ナリ従テ発振波長ニ拘ラス発振管ヲ大型ト為シ得テ大電力ノ電気振動カ得ラルルモノナリ又振動回路ニ空洞共振室(7)(8)ヲ使用シタル為高周波的ニ完全ニ閉結セラレ発振勢力ノ漏洩ナク発振能率ヲ高X得ルノミナラズ高Q振動回路トナリ発振周波数ノ変動少ク又発振回路ニ導線ヲ用ヒサル故該導線アル為ニ生スヘキ振動電源ノ反射「オーム」損及導線相互間ノ結合等ヲ完全ニ除去シ得タルモノナリ」と記載し、その第四第五段に、以上は一実施例に付て述べたもので、例えば空洞共振室は、いかなる形状にてもよい等、ほかに幾多の改変例があり得る旨記載し、

(三)  特許請求の範囲の項に、

本文ニ詳記シタル如ク気密容量(気密容器の誤記と解せられる。)内ニ同一又ハ略同一形状ヲナセル平板状ノ陽極及陰極ト其ノ略中間ニ在ル格子極トヲ具ヘ該陽極ト格子極間及陰極ト格子極間ニ夫々上記ノ各極ヲ包含スル相似形ノ空洞共振室ヲ形成セシメタル事ヲ特徴トスル電子放電装置

と記載されている。

三、右明細書における記載全体を、殊にこれに記載された唯一の実施例の構造に関連せしめて解すれば、右特許請求の範囲の冒頭に記載された「気密容器内ニ」は、原告の主張するように、「電子放電装置」までの全文にかゝりいわゆる相似形の空洞共振室は、気密容器内に形成されたものと解するのが相当である。

しかしながら、右明細書には、空洞共振室が必ず気密容器の内部に設けられなければならないとの趣旨はもちろん、特にこれを気密容器内に納めたことによつて生ずる作用効果については何等の記載がないばかりでなく、前記の明細書において、発明の詳細なる説明の項に記載された本件特許発明の効果は、すべて所載の空洞共振室を利用したがために生ずるものであつて、特にこれを気密容器内に設けたがために生ずるものとは解されない。

してみれば、右明細書に空洞共振室を気密容器内に入れるように記載したのは、板封じの技術が未だ十分発達せず普通に知られていなかつた当時において、単に三極真空管に空洞共振室を組み合わせる超短波発振器の一般の構造を記載したものに外ならず、発明の内容を特に空洞共振室を気密容器内に形成するものとしたものでないと解するを相当とする。

以上の見解に立つて、前記明細書を検討すれば、本件特許発明の要旨は、「ほぼ同一形状の平板状の陰陽両極及びそのほゞ中央に位する格子極を、気密容器内に設け、陽極格子極間及び陰極格子極間に、それぞれ各極を包含する相似形の空洞共振室を形成せしめた電子放電装置」にあるものと解せられる。

この点に関し原告代理人は、本件特許出願当時国内に頒布されていた米国特許第二〇八八七二二号及び英国特許第四五〇二八〇号の各明細書並びに右英国特許明細書抜卆を引用し、これら明細書及び抜卆によれば、電極部分のみを気密にしたものは当時わが国において公知であつたから、本件発明は空洞共振室を放電管内に収容する点において、これら公知例と相異したがため特許されたものであると主張し、その成立に争のない甲第二ないし第六号証によれば、被告の本件特許出願前原告主張のような外国特許明細書等がわが国内に存在し、かつこれには原告主張のような事実が記載されていることが認められるが、これらの文献の記載を検討すれば、これら文献が本件特許の審査にあたり、当然その資料に供せられたものとは推断しがたいものであり、しかも本件特許明細書及び図面の全体に徴しても、本件発明が、右文献の記載と相違する点において特許されたものであるとの事実は、これを認めることができない。

また原告代理人は、仮に審査官が当時これが存在に留意しなかつたとしても、権利範囲を定むべき特許請求の範囲の解釈に当つては、右引用文献もまた参考資料として斟酌すべきであると主張するが、特許権の内容、範囲の確定については、明細書及び図面の記載によるべく、この記載によつて発明の要旨が容易に把握できる本件にあつては、その他の文献或いは出願当時の公知事実の如何は、考慮に入れることができないものと解せられるから、右原告の主張も採用することができない。

四、次で本件特許権利範囲確認の対象物を示す(イ)号図面及びその説明書を検討するに、右電子放電装置は、有効部分がほゞ同一形状の平板状の陽極及び陰極と、その中間にある格子極とを真空容器内に具え、三箇の同心金属円筒の中間の円筒を共用し、真空容器の外部において、陽極格子極間及び陰極格子極間に、それぞれ上記の各極を包含する空洞共振室を形成せしめた電子放電装置であり、かつ右装置における各空洞共振室は、幾何学上の相似形ではないが、互に似通つたものであることが認められ、(原告代理人は、(イ)号図面における電子放電装置の格子極の位置は、陽極、陰極間のほゞ三分の一程度にあるというが、図面によれば、ほゞ中央に存在している。)右の装置が、大電力の超短波を高能率で発生せしめる目的のものであることは、弁論の全趣旨に徴して明白である。

よつて右(イ)号図面及び説明書に記載するものと、本件特許発明の要旨とを比較対照するに、後者において各空洞共振室が相似形をなすものであることは、先に認定したところであるが、その意義については明細書は何等の記載をもしていないので、どの程度の相似性を要求しているものであるかは、発明の目的と関連させて決定するの外ないところ、本件発明の所期の目的を達成するがためには、空洞共振室は互に似通つた形のものであれば足り、必ずしも厳格に幾何学的な相似形であることを要しないものと解せられる。従つて右に認定した(イ)号図面記載のものも、本件特許明細書にいう相似形に包含せられるものと認められる。この点を外しては、前者は先に認定した後者の要旨と全く一致し、その目的においても、両者は異るところがない。

してみれば(イ)号図面及びその説明書に記載するものは、本件特許権の権利の範囲に属するものというべきであるから、これと同旨に出でた審決は、正当であつて、原告のいうような違法はない。

よつて原告の本訴請求はその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

(イ)号図面説明書

図面は被請求人会社に於て実施しつゝある電子放電装置の縦断面図である。

図面に於て、(1)は板極管で、該板極管は其の硝子製真空容器(2)内に、表面に電子放射性酸化物を塗布した陰極(3)と、格子極(4)と、陽極(5)と、上記陰極の加熱用繊條(6)とが封入される。(7)は陰極導板、(8)は格子導板、(9)は陽極導板である。而して上記真空容器(2)は、硝子壁と上記各導板とを熔着することにより所謂板封じとしてある。(10)は格子極及び陰極間に形成された之等両極を含む空洞共振室、(11)は格子極及び陽極間に形成された之等両極を含む空洞共振室であつて之等両空洞共振室は三個の同心的金属円筒(12)(13)及び(14)と、上記陰極導板(7)、格子導板、及び陽極導板(9)と、短絡板(15)及び(16)と上記陰極(3)格子極(4)及陽極(5)とにより形成される。又、上記両空洞共振室(10)及び(11)は互に相似形をなし、上記短絡板(15)又は(16)を、それぞれ上下に摺動せしめることにより各独立して調節することができる。又、(17)は陰極加熱繊條(6)の加熱電源で該加熱電源は、その一極を端子金具(18)(19)を経て加熱繊條(6)の一端に接続し、又他極を他の接続金具(20)陰極導板(7)陰極(3)を経て加熱繊條(6)の他端に接続する。(21)は陽極電源で該電源は陽極(5)と大地(22)間に接続される。(23)は格子漏洩抵抗(24)は陽極の放熱板である。尚陽極(5)は陽極導板(9)に接触する接触金具(25)を介して空洞共振室(11)と、容量的に接続され、又陰極(3)は陰極導板(7)に接触する接触金具(20)を介して空洞共振室(10)と容量的に接続される。

右放電装置は、これを発振に用いる場合には、空洞共振室(10)及び(11)の壁を貫通して先端に円板を有する金属棒Fを抜き差しすることにより、空洞共振室(11)の拡大勢力がFに依つて反結合され、空洞共振室(10)を励起して短絡板(15)の調節とともに発振するようになる。而して、このとき短絡板(15)の調節は主に出力だけに関係し、又短絡板(16)の調節は主に周波数だけに関係する。

次に上記放電装置を増幅に用うる場合は、空洞共振室(10)内に挿入した小ルーブ(lg)に入力を入れ、これを他の空洞共振室(11)により拡大された勢力として、該空洞共振室(11)内のルーブ(la)より取り出すことができる。

(イ)号図面〈省略〉

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